数年ものの紫草を染めました。

私にとって、再発見・再認識の日であり
つながりを感じた日となりました。

草木還土(腐葉土づくり)|土づくり

草木が、土に還るとき
微生物という生命が、育まれる。
大袈裟なことを言いたいわけではなく、この最近の動き・ご縁から
これまで自然と向き合ってきた時間、50〜60年か
再認識させていただくことになるとは、思いもしていませんでした。
要するに、「自然との対峙は、言葉にならないことがある」
畏怖の念
恐れ多くも敬う気持ち(畏怖)。日常の言葉の枠に、収まらなくなるとき..
胸が、ゾッとする瞬間と出逢います。

そして、自然と手を合わせてしまう。
なぜかは、わからない。
紫根は、生紫根で染めています。
工夫して、それを実現させることができました。
そして、その紫根は、平成30年のもの…
約8年前に、収穫した紫草。
出逢ってしまった感覚がある。

回数は、4回
今までにない、回数とその色合いに、未来へとつながる
紫草とのご縁に、出会った人たちの活動は、
「未来への希望」
先日、ここに「大山流域研究所」の方々が、来た

大山流域研究所
「大山?」・「流域?」
自然に対する構え方が、そう感じさせてくれる。

「土を一とする」、「微生物」
「十時さん、何言ってるんですか?」っと、なってしまうところ..が
相乗する気持ちに、出逢えた。
こんなことは、多くない。何かが、動きだしている。
そして、そこには、いつも彼(地遊村)が居る。
これから一緒に、連携するようになる。
「希望だよ..」「頼んだよ」
ほんとに、冗談抜きで。
最近、私ですら、AIと対話する機会を得ています。
この先に、様々な方面を感じています。
あまり余計なことは、考えたくないし、感じたくもないが
予知してしまうものがある…
まっ、これぐらいにしておこう。
紫草を染める機会に、出逢うもの



3回目、4回目と染めて、こころの高揚は、最高でした。
そして、一生のうちに、「触れられない、ご縁いただけない」だろう機会(お話)が
舞い込んで来た。(ここでは、書けないので申し訳ないが…)
そして、それは、この紫草を栽培している最中に…。
そう、それは、小原くん(地遊村)との出会いに在る。
よくわからないのだが、以下の景色1つにしても、
いつも彼がそこに居て、その時の間に存在するのは、
いつも紫草になる

上記写真は、2011年ごろ、彼曰く、
「紫草とどう向き合うか」対話し、願い、想いに触れたときに
空の模様が、一変したという
そして、2026年8月31日の夕方の空

そして、同じ日に、とある方から頂いた絵を
彼と共に、見ていた後の空が、上記写真だ。

小原くん、曰く、電気消した方が…っと

呼吸していませんか…
そう、彼は、どうも、無垢に、自然と呼吸している。
そして、その自然も呼応しているように見えてくる
うん、なぜだろうか…。よくわからないが、
そんな彼に、はじめて、紫草を染めさせた

まあ、一緒に来た方が、見ていて、言葉にするのは、
「丁寧ね〜」

泳ぐように、染めていた
写真は、撮り忘れた。笑 すまん。
彼曰く、「ことばに、ならない。」
そこにある意識は、
祈り
に、近い。最近の彼は、変わった。
紫草は、天と地を与える
これは、私自身にもあること。
染織したその晩に、紫草の色が変わり(暗い色合いへ)
地というのか、地獄…。天に、紫草への気持ちが、高揚した瞬間から
一晩で、その真逆の地を見てしまった。
「これでは、ダメだ..」、「失敗だったか..」
こころが、天から地へと一変してしまった。
ところが、朝になるとその姿は、様変わりしていた。

一体、なんだったんだろうか…
そして、こころが、そこに映し出されるかのように、姿をかえ
私も、ひと安心でき、朝から彼のもとへ
彼自身が、はじめて染めた「紫草」を贈りました。
紫草から、彼が、どんな人物か、想像できるだろうか…
その色、そのものかもしれない。
彼なりに、これからの時代と向き合い
そこには、紫草を象徴とした、日本人らしさや自然そのものを
彼らなりに、取り組んでいます。
皆さんにも、この紫草を染める機会や自然を感じ得られる場を
この地の自然、身体・流域と共に、滞在型のプログラムを整えているようです。
お楽しみに。




